ソウル郊外の小さな団地で家族と暮らす28歳の会社員ケナは、生まれ育った韓国に嫌気がさしている。片道2時間もかかる通勤に単調な仕事、労働者階級の家族や長年交際している恋人の裕福な実家との軋轢ーーーそんな日々にうんざりし、見えない将来への不安を抱いている。「自分には落ち度がないはずなのに、ここでは幸せになれない」。ケナは一念発起し、“未来ではない今この瞬間の幸せ”を求め、単身ニュージーランドへと移り住む。そこでかけがえのない友人と出会い、新しい生活を手にしたケナは自分の居場所を見つけていく。

現代の韓国社会を舞台に、生まれ育った場所で生きづらさを抱える女性が、海外で人生を模索する姿を描いた映画『ケナは韓国が嫌いで』。 大ベストセラー小説「82年生まれ、キム・ジヨン」と同じ出版社から「今日の若い作家」シリーズとして2015年に刊行され、同じくベストセラーとなった小説「韓国が嫌いで」を原作に、韓国の若者が直面する現実を映し出す。原作者は、元新聞記者で、社会批評からSFまで幅広い作品で知られる作家チャン・ガンミョン。国家情報院の世論操作事件を題材にした小説「コメント部隊」も映画化され、今年日本でも公開が予定されている。

監督は「第2のホン・サンス」や「韓国の是枝裕和」と称され、世界から注目を集めるチャン・ゴンジェ。奈良県を舞台にした映画『ひと夏のファンタジア』(15年/プロデュース:河瀨直美)でも知られる。この作品でも一人の女性の成長を生き生きと映し出し、日本公開時には熱狂的なファンを生んだ。映画『ケナは韓国が嫌いで』で主人公ケナを演じるのは、ポン・ジュノ監督『グエムル-漢江の怪物-』(06年)に中学生の娘役で出演し、天才子役として鮮烈な印象を残したコ・アソン。本作では韓国とニュージーランドの2か国を跨ぎ、人生に葛藤する30歳前後の女性を等身大で体現している。また、ケナと同じ時期に韓国へ留学し、かけがえのない友人となるジェイン役には、ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」で主人公ヨンウと共に新人弁護士として奮闘するクォン・ミヌ役を務め、一気に知名度を上げたチュ・ジョンヒョク。去年の百想芸術大賞映画部門の新人演技賞にノミネートされたほか、2025年1月にはTBSのスペシャル新春ドラマ『スロウトレイン』(脚本:野木亜希子)で、松たか子、多部未華子、松坂桃李、星野源らと共演。日本ドラマデビューを果たし、さらなる注目が期待される、いままさに旬の俳優だ。

ソウル郊外で両親と妹と共に暮らす28歳のケナ(コ・アソン)。大学を卒業後、金融会社に就職し、毎日片道2時間かけてソウル市内の会社に通勤している。仕事には関心がなく、上層部の顔色を伺う上司に辟易する日々。大学時代から長く付き合っている恋人のジミョン(キム・ウギョム)は、外国に行きたいと口にするケナに「自分が就職したら支える」と告げるが、ピントのずれた話をしがちなジミョンにケナは苛立つ。ケナは、ジミョンの家族との関係にも居心地の悪さを感じていた。だが、ケナの母は裕福な家庭で育ったジミョンとの結婚を待ち望み、折に触れて急かす。そればかりか、新しい部屋を購入するための費用もケナに出すように迫る。ケナが家族と暮らす小さな団地は老朽化が進み、再開発が予定されていた。
地獄のような通勤、興味のない仕事、恋人との不透明な未来、古い価値観を押しつけてくる家族との息の詰まる日々ーー。「自分には落ち度がないのに、ここでは幸せになれない」。ケナは、韓国を抜け出すことを決意する。

この映画は、私が2015年11月に原作小説を読んですぐに映画化しようと決めた物語です。韓国で暮らすということはどういう意味を持つでしょうか。20代後半の未婚女性である“ケナ”は、自分を取り巻く環境を変え、韓国とは距離を置きつつ韓国での生き方を考えます。
彼女は正社員(正規職)として働く3年目の会社員で、交際して7年になる誠実で優しい彼氏がいて、貧しいけれど温かい家族がいます。ケナの家族が住む家は再開発地区にあり、あと数年だけ我慢すれば新しいマンションに移ることができます。なので、彼女の未来は、一見すると明るいように見えます。
が、彼女は、他人から見ると平穏に見えるかもしれない韓国での生活に怖れを抱いています。何が彼女を惑わせるのでしょうか。ケナはなぜ、生活の基盤を移そうとするのでしょうか。
ケナの周りの人たちは彼女を理解できません。ですが、ケナは敢えて冒険の旅に出ます。そして、移動して、自ら動くことによって新しい人々と出会います。この映画は、その過程で出会う人々、彼らと過ごした時間を経て、少しずつ変化していくケナに焦点を当てています。
最後にケナはどんな決断を下すことになるのでしょうか。観客の皆さんも、ケナと一緒に旅に出ていただければと思います。

チャン・ゴンジェ監督

監督:チャン・ゴンジェ

장건재/Jang Kun-jae

1977年生まれ。 韓国映画アカデミー撮影専攻卒業。長編デビュー作『十八才』(09年)でバンクーバー国際映画祭、ペサロ国際映画祭、ソウル独立映画祭などで受賞し、その後『眠れぬ夜』(12年)は全州国際映画祭大賞および観客賞、エジンバラ映画祭、ナント三大陸映画祭などで受賞。日本の奈良を舞台に撮影した日韓合作映画『ひと夏のファンタジア』(14年)は、釜山国際映画祭、ムジュ山里映画祭、韓国評論家協会賞、イタリア・アジアティカ映画祭などで受賞し、韓国独立映画協会の「今年の独立映画」に選ばれる。また、ムジュ山里映画祭プロジェクトである『月が沈む夜』(20年)の共同監督、TVINGオリジナル6部作TVシリーズ「怪異」(22年)を監督、濱口竜介監督の著書「カメラの前で演じること」(22年)の韓国語版出版も手がける。ほかに、映画『5時から7時までのジュヒ』(22年)、釜山国際映画祭開幕作に選ばれた『韓国が嫌いで(原題)』(23年)、アマチュア俳優たちの演技ワークショップを扱った映画『最初の記憶』(23年)など。今年10月にはソウル・アリランシネセンターにてチャン・ゴンジェが手がけた短編映画を含む全11編を上映する“チャン・ゴンジェ展”が開催された。

原作者:チャン・ガンミョン

1975年、韓国ソウル出身。延世大学卒業。「東亜日報」の元新聞記者。在職中の2011年、長編小説「漂白」(日本未翻訳)でハンギョレ文学賞を受賞し、作家デビューを果たした。2013年からは専業作家として活動。社会批評からSFまで幅広い作品で知られ、韓国文学に新しい活気を吹き込んでいる。済州4・3平和文学賞を受賞した小説「コメント部隊」は、ソン・ソック主演、アン・グクジン監督で映画化され、日本でも2月に公開予定。「我らが願いは戦争」(小西直子訳/新泉社)も映画化が決まっている。邦訳書に、本作の原作「韓国が嫌いで」(吉良佳奈江 訳/ころから)ほか、「極めて私的な超能力」(吉良佳奈江 訳/早川書房)、「罪と罰」(オ・ファスン 訳、カン・バンファ 監訳/早川書房)など。

「自分が生まれた国であっても、嫌いになることだってある」
韓国の人だけでなく、誰もが共感できることを願ってケナを演じました。
穏やかな人生を手放して、見知らぬ土地で自分の道を切り開く人物を観ていただけたらと思います。

コ・アソン

コ・アソン

1992年、韓国ソウル出身。2004年に子役としてデビュー後、ポン・ジュノ監督『グエムル-漢江の怪物-』(06年)でソン・ガンホ演じる主人公の娘を演じ、第27回青龍映画賞新人女優賞を受賞。一躍有名に。その後、映画『冬の小鳥』(09年/ウニー・ルコント監督)、『スノーピアサー』(13年/ポン・ジュノ監督)、『優しい嘘』(14年/イ・ハン監督)、『正しい日 間違えた日』(15年/ホン・サンス監督)、『オフィス 檻の中の群狼』(15年/ホン・ウォンチャン監督)、『サムジンカンパニー1995』(20年/イ・ジョンピル監督)、ドラマ「自己発光オフィス」(17年)、「ライフ・オン・マーズ」(18年)など数多くの作品に出演し、演技の幅を広げている。本作では、第45回青龍映画賞主演女優賞にノミネートされた。今後の待機作に、イ・ジョンピル監督の『Pavane』(公開未定)など。

ニュージーランドでのワーキングホリデーを通じて自身のアイデンティティと向き合うジェインの姿は、実際にニュージーランドに留学していた過去の自分と重なり、私自身の経験をキャラクターに反映させました。あの頃見た風景、出会った人々、そして当時抱いていた感情を再び思い出しました。ケナの物語では、家族との関係や外国で暮らすことの孤独感といったテーマも描かれますが、そこに深く共感する自分にもいました。この映画は、私個人にとっても、過去の大切な思い出と再会させてくれた特別な作品です。

チュ・ジョンヒョク

チュ・ジョンヒョク

1991年、韓国仁川出身。中学3年生から21歳までニュージーランドに留学。オークランド工科大学在学中、兵役のため韓国に戻ったのち、2015年に俳優デビュー。ドラマ「ユミの細胞たち」(21-22年)、「ハピネス」(21年)を経て、「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」(22年)の弁護士クォン・ミヌ役で人気を博す。その後、キム・ソンファン監督『IRON MASK』(23年/日本未公開)で映画初主演を果たす。本作では第45回青龍映画賞新人男優賞にノミネートされている。TBS系新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」(25年/野木亜紀子 脚本)で日本ドラマデビュー。キム・ヘス主演のドラマ「トリガー ニュースの裏側」(25/Disney+)ではメインキャストに抜擢され、さらなる活躍が期待される。

キム・ウギョム

1993年、韓国出身。2014年デビュー。映画『ギョンアの娘』(22年/キム・ジョンウン監督)、『孔雀』(24年/ヒョン・ソンビン監督)、ドラマ「恋愛体質~30歳になれば大丈夫」(19年)、「サイコだけど大丈夫」(20年)、「こうなった以上、青瓦台に行く」(21年)、「LTNS〜不倫探偵夫婦物語〜」(24年)に出演し、着実にキャリアを積み上げている。今後の待機作に、ドラマ「あいつは黒炎竜」(25年)がある。

comment

五十音順・敬称略

韓国の二十代、三十代の普通の若者たちが抱える逼塞感がとても丁寧に描かれています。違和感にノーを突きつけ続けるケナの姿を見て、自分はちゃんと戦っているか、丸め込まれていないか、考えさせられました。

内澤旬子(文筆家、イラストレーター)

スーツケースいっぱいに「不自由」を詰め込んで、引きずり歩くケナ。結局どこまで行っても、自分自身から逃れることはできない。それでも旅を経て、バックパック1つで「不自由」を背負い直す彼女の姿が、清々しかった。

小川紗良(文筆家・映像作家・俳優)

「逃げる」って、ちっとも悪いことじゃない。自分が壊れそうだと思ったら、逃げたっていい。逃げられれば、「捨てる」ことができるようになる。捨てることを覚えれば、「選ぶ」ことができるようになる。ケナはそう、教えてくれる。

小山内園子(韓日翻訳者)

一方にとっては“チャンスをくれる”社会でも、もう一方にとっては“未来がない”社会だったりする──。
「閉塞感」や「生きづらさ」といった言葉で表現される諸々が、見えづらい差別や特権性が、ケナの肌感覚を通じて生々しく伝わってきました。

清田隆之(文筆家・「桃山商事」代表)

「"幸せ"って言葉は過大評価されてる気がするんだよね」
──そうケナが言ったとき、思いがけずハッとさせられた。
自分の国で生きることに疑問を持ったケナの旅を一緒に経験することできて、ほんとうに良かった。
わたしもきっと、何度も同じように迷ったり悩んだりするだろうから。

児玉美月(映画批評家)

「幸せ」って何だろう。韓国社会の生きづらさから抜け出して異国でもがくケナの姿に、日本社会の生きづらさが重なる。わたしも旅に出たくなった。これからのわたしたちの社会のあり方、個人の生き方を考えるために。

小安美和(株式会社Will Lab 代表取締役)

自分のいる場所や現状への違和感や怒りを、「どこかに居場所があるはずだ」と行動につなげられたことに拍手を送った。たとえそれが悪あがきだとしても、思い通りにはならなかったとしても、その足を止めてはいけない。幸せを望むことをやめてはいけない。自分をいい場所に連れて行くのは自分だけなのだと改めて感じることができた。

桜林直子(文筆家・雑談の人)

映画が始まってすぐの音楽・カット・演技・台詞など映画を構成する要素ががっちり噛み合って、これから始まるケナの冒険の揺らぎや熱さの予感を、鮮やかに物語り始めたことがほんとうにすごかったです。痺れながら映画に入っていく体験に静かに興奮しました。
その鮮やかさを保ちつつ、映画が進むにつれ、登場人物それぞれの色が混じり合う複雑な模様が丁寧に描かれていったこと、映画に現れるなにもかもが、特定の出来事や人物を描くための手段ではなくそのもので存在していることが私にとっては幸福でした。肩をすくめて寒がって歩くケナと陽光のなかを薄着で歩くケナなど、対比が際立つ表現もそうで、比較だけを目的としないで、どの時点のケナも欠かすことが出来ないと、同じテーブルの上に並べていってくれるようでした。今生きている人間としてこの映画に出会い、それがとても良くて、面白くて、胸に残って、すごくうれしかったです!

柴田聡子(シンガーソングライター・詩人)

主人公のケナは、韓国社会の男女差別、貧富格差などにうんざりして、韓国を離れることにする。たとえ大事なものを手放すことになろうと、誰かに逃げだと言われようと、そこが自分だけの地獄だとしてもかまわない。どこにたどり着くかわからなくても細かく揺れて動き続けるしかない。ケナは、誰かに選ばれる人生を生きるのではなく、自ら人生を選ぶことにしたのだ。

すんみ(翻訳家)

質問です。いま、幸せですか? これは、自信をもって答えられない私たちのための映画。見終わる頃、きっとあなたは行動したくなる。自分で自分の人生を選びとるために。自分を好きになって、世界との関わり方を変えるために。

ひらりさ(文筆家)

人生が苦しくなったら、まずは今ここを捨てて、自分の生きる国の外に出ればいい。「日本が嫌いで」と、言葉にしてみればいい。そうすれば後悔がひとつ減るから。言葉以上に、繊細な映像で静かに語るこの映画に、私も背中を押された。韓国に行こうかな。

星野智幸(小説家)

韓国留学中に出会った日本人からよく耳にした言葉があります。
「日本が合わなくて。息ができない感じがして」
ケナが体験したことは、韓国に限った話ではないのでしょう。
私の友人たちの話だと思いながら観ました。

前田エマ(モデル)

タイトルにドキッとしつつも『嫌いで』の後に続く気持ちを探しながら見守ったケナの冒険。格差社会が嫌、貧乏が嫌、嫌なことばかりでいつもムスっとしている彼女なのに、周りのみんながほっといてくれないのが可愛い。最初からしばらく伝わってくる冬のソウルのツンとした冷たい空気が段々適温になっていき、最後にはケナの後ろ姿が「何に悩んでたんだっけ・・・」と心地よい空っぽな気持ちにさせてくれました。

マキヒロチ(漫画家)

ケナの毎日の息苦しさをどうしてこんなにわかると感じるのだろう、韓国で暮らしたこともないのに。恋人に「僕が支えるから」と言われて匙を放るケナにはっとした。そうだよそんなこと望んでない。もう我慢しない!「わたしがわたしでいられる場所」をめざして踏みだすケナがまぶしい。
きっとこの映画は誰かの背中を押してあげるだろう。新しい場所へ飛びだそうよと、やさしく、さりげなく。

やまじえびね(漫画家)

自然体で、自分にとっての幸せを感じて生きるケナの姿が、この物語の明るさであり、煌めきであった。生っぽい質感で捉えられるそんなケナの姿には、生きる意味が映し出されていた。
自分の生まれた国を嫌いになったことのある私にも、ケナは問いかける。私にとっての幸せとは何か。

和田彩花(アイドル)

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